「これが記念日!」
2002年12月9日、メロン記念日の初の単独コンサート、
「これが記念日!@赤坂BLITZ」を受け書いたモノです。


1+1+1+1はいくつであったか。

算数の問題であったならば、これほど簡単な問題もないだろう。
しかし、今、自分はこの答を出すのに窮している。

その日。2002年12月9日の赤坂。
そこは明らかに、今までのハロープロジェクト関連のコンサートでは
味わったことのない空気であった。

誰かの卒業、などといったような緊張感とも違う、
ただただひたすら刃物を研いでいるような、
もしくは導火線を進んでいく火種をじっと見つめているような、
とにかく殺気に満ちた空気であった。

そしてその殺気は「期待」に裏打ちされたものということも
また一種の異様さを醸し出していたともいえよう。
開演、その時に向けて会場中のテンションが
一点の頂へ向けて集中していく様が手に取るようにわかった。

そして、開演。彼女たちがステージに立った。
今まで、
時にはモーニング娘。のコンサートで、
時には松浦亜弥のコンサートで。
ゲスト出演して邪魔者扱いされたこともあったことと思う。
その中でも、彼女たちは自分たちの持てる限りを
いついかなるときも出し尽くしていたはずだ。

同時に、今まで。
リリースの度にイベントを催し、
地方を激烈なスケジュールの中で飛び回り、
待ってくれている無数のファン達と握手を交わし、
確かな「絆」を少しずつ、少しずつではあるが、
確実に築き上げてきたことも事実であったはずだ。

その全てが、この日に、結実し、爆発した。

あんなに楽しそうに歌う柴田あゆみを、
あんなに猛々しく拳を奮う大谷雅恵を、
あんなにセクシーに舞い踊る斉藤瞳を、
あんなに優雅に跳ね回る村田めぐみを、
少なくとも今まで自分は見たことがなかった。

細かい曲の感想などをここで記すのはよそう。
ただ、コンサート本編終盤における、
「さぁ!恋人になろう」〜「This is 運命」、
そしてアンコールの「スキップ!」〜「夏の夜はデインジャー!」。
このラスト4曲は、正直自分の脳裡に記憶として残っていない。

結果として残ったのは、
脱いだときに元の重さの何倍にもなっている
限界以上に水分を吸い込んだTシャツと、
1日経った今も肩と腰に残る鈍痛と、
いつの間についたやもしれぬ腕と脚の青痣という名の勲章だけである。

終演後、雪の降る外へと続く扉が開け放たれているにもかかわらず
湯気に満ち、全く寒さを感じなかったあのロッカールーム。
それが全ての、あのライブの全てを象徴しているような気がした。

あのコンサートは、メロン記念日のライブではなかったのだ。
メロン記念日とそのファンの、
メロン記念日とそのファンによる、
メロン記念日とそのファンのためのライブだったのだ。

あそこは、「1+1+1+1」という場ではなく、
「1+1+1+1」に「ファン」という指数が、
何乗にも何乗にもかかったもの、
それがあの赤坂ブリッツであったのだ。

ならば。

「1+1+1+1はいくつであったか」。
そのような問題を提示したことがそもそもの誤りであった。
そこは「無限大」以外の答を導き得なかったからである。

最後に。
ありがとう。
あの空間を提供してくれた、メロン記念日とそのファン達。
2002年至高のライブに参戦できたと胸を張って言える、
その充実感と幸福感に、今はただその身を委ねてこのような駄文を連ねるだけだ。

メロン記念日コンサート、「これが記念日」。

2002年12月9日、月曜日。
外は雪が降りしきる、とても熱い日であった。
この日は、この日を共に過ごした人々とともに、 永遠に光を放ち続けるだろう。


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