府中の杜が燃える刻
平成15年の東京優駿開催へ向け、
ボクが日記に寄せた文章です。


東京優駿。
それに関係する全ての人の、夢と希望と願いが頂点を極める日。
馬が主役の競馬ではあるが、騎手という人間の晴れ舞台でもある。

思い返してみることにする。

「俺はダービーに乗ったんじゃない。ヒカルイマイに乗ったんだ」
4コーナー26番手からゴボウ抜き。史上最年少の23歳で東京優駿を制した
若武者・田島良保は「ダービーなのにずいぶん思い切ったことを」と聞かれ毅然とこう答えた。

「まるで真空状態にいるようだった・・・」
350mにわたる3頭の激闘をくぐり抜け、その栄冠にたどり着いた
ロングエースの鞍上、武邦彦は後にレースを振り返ってぽつりとこう呟いたそうだ。

「ハイセイコーが4本脚なら、オレの馬だって4本脚だ」
史上最高のアイドル馬、ハイセイコーが出走する東京優駿で、全く注目されていないタケホープに乗って
勝つことになる嶋田功が戦前に吐いた言葉はあまりにもヒールとして成立しすぎていた。

「大外枠のさらに外でいい。他馬の邪魔は絶対にしない。賞金もいらないから、ダービーに出させてくれ」
無駄だとわかっていながら愛馬の出走を願い続けたマルゼンスキーの主戦、中野渡清一。
「谷間の時代」に生まれた悲劇。ダービーは一番運の強い馬が勝つ、の言われの一端もココにあるのだろう。

「馬が『しっかり捕まってろ』って言う声が確かにきこえたんだ」
史上最強馬、シンボリルドルフに乗ることが出来たからこそ、
岡部幸雄という騎手はあの位置にまで上り詰めることが出来たのかもしれない。

「このレースだけは、騎手の名誉だから」
コーネルランサーから11年後。このレースの後2週間足らずでその命の炎を絶やす中島啓之が、
病身にも関わらずトウショウサミットを駆ったその勇姿から我々は何を感じたか。

「世界中のホースマンに、日本のダービーを勝った柴田ですと報告したい」
19度目の挑戦。 鬼のような形相だった柴田政人がウイニングチケットを操って、
府中のターフに描いた芸術とも言える進路は神が通った後の道だったのかもしれない。

「一番人気はいらない。一着が欲しかった」
十八年目の十八番。 フロックといわれ続けた皐月賞馬の能力を信じ、
大西直宏がサニーブライアンと共に見せた気迫には、いまだ背筋を走るものがある。

また、今年も。
一つの神話が完結しようとしている。
府中の杜。坂の上。史上最高の栄光がそこにある。

人馬一体。
一心同体。
明鏡止水。
画竜点睛。

その果てに見えるものを、見る日でもある。
刮目せよ。


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