後藤真希コンサートレポ集。
当サイトの日記のなかで、
ごっちんコンのレポのみを抜き出したなモノです。


4.13 市川市市民文化会館。

今までやれ天使ごっちんだ悪魔ごっちんだと騒いでいた自分が
まるで阿呆ですよ。お子さまですよ。ぷっぷくぷー以外のナニモノでもない。
 女神がやっぱり一番なのです。
そしてその女神が我々汚いヲタの前に降臨したのです。

 オープニングの「SEXY GUY」の時に着用していた羽根は
1曲目が終わるとハズしてしまったけれど、
 後ろにポニーテールで束ねられたその髪一本一本が
まるで黄金の羽根のようにキラキラと輝きただよっていました。

 曲(セットリスト)もほぼ文句ナシ。
 敢えて注文を付けるとしたら「気まぐれ」を聴きたかったなぁ、ってそれぐらい。
 まさかフォークソングから何か歌うのならともかく、
 娘。時代の「あの曲」をやるとは思わなかったし(一瞬涙ぐんだ)、
 「盛り上がるしかないでしょ!」「晴れた日のマリーン」という
 アルバム中のキラーチューンの使い方も見事。

 あとは「LIKE A GAME」と、それに付随する
メロン記念日も含めたダンスショーが今回のライブの白眉でしょうね。

 そうなのだ。
 ごっちんは、優秀なシンガーでもあったのだが、
 それと同様に、あるいはそれ以上に、優れたダンサーであったということを
 危うく忘れるところであった。

 神業とも言える体のキレ。筋肉の躍動。
 あんなごっちんをみたのは、9.23の娘。卒業コンサート以来だった。

 我々が、「天才」後藤真希に求めていたものはまさしくこれだったのだ。
 真髄をイヤというほど見せつけてくれた。素晴らしいよごっちん。

 考えてみれば当たり前の話である。
 6期メンがあれだけ加入後時間があるってのに
 お披露目コンでは1曲だけしか踊れないと言うのは
 諸々の事情があるんだとは思うけどもあり得ないなか、
 なんだかんだで10日間で10数曲覚えた人なんだもんなこの人は。
 搭載されてる能力が本当に桁違いなんだよね。

 MCも完全にふわふわごっちんワールド。
 地元開催だけにああいう言葉も聞けたんだろうけど、
いや本当に行ってよかった。

 あとはごっちんの「近さ」「目線の低さ」はひしひしと感じた。
 ステージの構成上もだいぶあるんでしょうけど、
やっぱりごっちんはヲタに優しい娘。なんだな、と。

 煽り方もかなり上手い。
これはまだまだあややはましてや美貴帝には
 まだまだスキルとして身についてない部分だと思いますね。

 総評として一つ言えるのは、
 「あれ、ステージってこんなに狭いんだったかな」ということ。

 ごっちんがステージから溢れてる。

そう表現するほかないと思うほど
 決してガタイは大きい方でない彼女がステージを闊歩、そして蹂躙する姿は、
 圧倒的な存在感を持つ後藤真希という才能を顕示しつづけていました。
 行こうかどうか迷ってる方。是非とも行った方がいいです。

 心から、改めて、「ごっちん、モーニング娘。卒業おめでとう」と、
 そういえる後藤真希という稀代のシンガーが、ステージ上に現れます。


5.11 中野サンプラザ。

市川で見てきた彼女よりも
もっともっとそのカラダを研ぎ澄ませ(あの腰の締まり具合はナニゴトか!)、
 まるで刃物のような状態になっている彼女の繰り出す数々の体裁きに
 我々ヲタはただただ刻まれるのみでした。

 あれはアイドルではなく、
完全に「アスリート」然として存在していました。

 「盛り上がるしかないでしょ!」〜「晴れた日のマリーン」のつながりなんて
 もうなんかムチャクチャです。

メロンで言うところの「さぁ!恋人になろう!」〜「This is運命」に
 匹敵すると言っても過言ではない破壊力を秘めていると思います。

 おまけに今日は客の反応がよかったからなのか、
 彼女自身のテンションも異常に高いように思われました。

 最後の最後、ハケ際に
 「みんな大好きぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜!!!」
 だなんて投げキッス付きで絶叫されちゃあですね、
正直かなわんのですよ。
 思わず目頭が熱くなるっちゅー話ですわ。

 前回から1ヶ月、
またまた後藤真希はどんどん大きくなっていってます。
 次の参加予定もまた一ヶ月後の東京厚生年金会館。
  さらに、際限なく大きくなった後藤真希を見られるかと思うと、
 非常に楽しみです。

 っていうかですね、本当にごっちんコンみんな行くべきだよ!!


6.8 東京厚生年金会館。

一日経った今でも、全く信じられないのである。
 なぜ彼女はあんなにも楽しそうな表情で
ステージを跳ね回り歌うのだろうか。

 一日経った今でも、全く信じられないのである。
 なぜあんな可愛く細く可憐な少女が、
熱く激しくすさまじいアクトを繰り出せるのか。

 一日経った今でも、全く信じられないのである。
 なぜ「彼女」は2時間ぶっ続けで、あの運動量を、
しかもそれを1日に2回こなして息を乱さないのか。

 一日経った今でも、全く信じられないのである。
 なぜ彼女は、あそこまで何者かに追いつめられたかのごとく
躯を研ぎ澄ませているのだろうか。

 そう。

 一日経った今でも、全く信じられないのである。
 なぜあんな空間が存在し得たのか。

 月並みな表現ではあるが、
言うなれば全くの「パラダイス」という名の
 異次元空間としか表現のしようのない場所であった。

 6.8、新宿区・東京厚生年金会館。
 後藤真希「ゴー!マッキングGOLD」ツアー関東最終公演。

 彼女は、いとも簡単に会場を、中にいた全ての人ごと呑んでしまった。
 なにもかもが奇跡の結晶だったのだと思う。

 ごっちんの「鬼」迫。
観客の気合、
そして会場の一体感。

 どれをとっても、去年の9.23に匹敵する、
もしくはそれをも凌駕するものだった。

 歌声の張り、ダンスのキレの良さ、そして客への愛の溢れる態度。

 今回でごっちんのコンサートは4回目になる。
 毎回毎回見に行くたびにその短い間の成長の度合に目を見張らせてはいたが、
 これ以上大きくなるとしたら、いったい彼女はどれほどのタレントになってしまうのだろうか。

 本編ラスト、「手を握って歩きたい」。
 この曲のラストサビ前、「♪出逢った みんな♪」のあと、
 溜めに溜め、目に一杯の涙を浮かべ、
そして満面の笑みで絞り出した

 「ありがとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ!!!」
という彼女の叫び声を聴いたとき。

 ぼくがあげたのは歓声でもなく、
 ごっちんに捧げる合唱でもなく。

 「うあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
という、「咆哮」だった。

 ただなにも考えず、
天を仰ぎ、手をつきのばし、溢れそうになる涙を必死にこらえながら、
 ひたすら叫んだ。いや、吼えていた。

 あの叫んだ瞬間の、
ごっちんの心の中で爆ぜた何かの感情と、
 そしてボクの心の中で爆ぜた何かの感情が、
 脊髄反射的に共鳴した、と解釈することにしている。

 そうでもしなきゃ、
なぜ自分があんな行動をとったのか(こんな経験初めてだ)、
 説明しようにも出来そうにない。

 ホントにね、あそこにいたヲタみんなみんなに
「ありがとう」って言って回りたいくらいですよ。

もちろんごっちんにもね。
ホールを出るときに「ごっちんありがとう!」って自然に叫んでしまったし。

 マジでね、悔しいのはね。
 この奇跡といえるライブが、映像化されないってコトですよ。
 確かにさ、5.10の日も大事だったかもしれないよ。盛り上がったかもしれないよ。

 でも、多分この日の方が映像に残す価値はあったと思うよ。心底残念だ。。。
 例え「春の2番煎じ」だなんだと言われようが、
 絶対秋ツアーにも出来る限り行く決心を改めてかためました。

 例え曲目が変わらなくても、必ず彼女は、後藤真希は、
「新しいごっちん」を見せてくれる。  そう確信できたからです。


9.13 東京厚生年金会館。

「百聞は一見にしかず」。
 上手いことを言った人がいたもんだ。
 ハッキリ言って言うべき本当の言葉は「行け」の二文字でいいのかもしれない。

 「奇跡は奇跡的に訪れはしない」。
 金大中・韓国大統領の言葉です。
 そう、すべては後藤真希という一人の天才と、
それを支える優秀なスタッフと、
 そしてそれを迎えるあっついヲタによる、
「それぞれの熱意」の結晶であった。
 でも、そこで起きていたことは、
確かに「奇跡」以外の何者でもなかった。

 「破壊なくして創造なし」。
 前回のツアーを根底から覆すことから、
今回のツアーは始まったのではないか。
 それをひしひしと感じるセットリストとステージ演出。
そしてできあがった舞台。
 全ての要素の歯車がかみ合い、
それが2倍にも3倍にも増幅するなんてコトは、
 普通そうそう起きるモノではないはずなのだ。

 「幸福とは、そのまま変わらないで続いて欲しいような、そんな状態のことだ」。
  思想家・フォントネルの言葉です。
 そんな空間から、離れたいと思う気持ちが生じることがあるだろうか。
 彼女自身もMCで語っていたが、あの場にいた全員が、
まぎれもなくそう思っていたことは、論を待たないところであろう。
ぼくたちは、とても、幸せだった。
ずっとそこにいたかったんだ。

 「高くそびえる山々は、現在も隆起しつつあるから高いのだ」。
 後藤真希は、一体どこまで伸びていくのだろう。
 たかが17歳の小娘のはずなのだ。
そしてモーニング娘。を卒業してわずか1年なのだ。
 なのにも関わらず、あのスキルとスピリットとストライドは、
一体どうやって培うモノなのか。
 ぼくたちは、それを目の当たりにするという、
世界でも滅多にない、素晴らしい経験をしているということを、
決して忘れてはならないのだ。

 「我々の感じるままの美というものは記述できないものである。
それは言い表し得ないものであり、また言い表し得ないものを意味する」。
 フォントネルという哲学者の言葉です。
 今回はツアー名こそ「セクシー! マッキングGOLD」ではあるが、
 これは間違いなく「名前が」負けているという判断を下さざるを得ない。
 後藤真希はセクシーなどと言う低俗な次元はとうに飛び越え、
「美」の世界へと既に突入してしまっており、
それはもう言語化不可能なレベルにまで到達していると思われる。
 ただただその迫力と存在感とに圧倒され、
言葉などその前には失わざるを得ないのである。

 「芸術家の天職は、人の心の深奥に光を送り込むことだ」。
 作曲家・シューマンの言葉です。
 アーティスト・後藤真希の放つ到底正視など出来ないまでの神々しい光は、
 会場に来た全ての人間を柔らかく降り注ぎ、そして包んでいった。
 そしてその光は誰も拒絶することなく、心の中へと染み込ませていっただろう。
 そしてそれは、人々に笑顔と活力と勇気を確実にもたらしたはずだ。
 そうでもなければ、終演後のみんなの笑顔と歓声と一体感を、
説明をする手段はない。

 「Mehr Licht!(もっと光を!)」
 詩人・ゲーテの最期の言葉だそうです。なので箴言ではないですが。
 ぼくはまだ、死にたくない。
生きて、生きて、生き抜いて、
 ごっちんを、見て、感じて、戦慄したい。

 でも、足りない。まだ足りないんだよ。
 あれだけごっちんを味わったのに、
もう「足りない」ってカラダのどこかが喚いてる。
もうおかしくなりそうだ。

 More Goto!
 More Maki!!
 More Gochin!!!

 もっとごっちんを!
 もっとごっちんを!!
 もっとごっちんを!!!

 ごっちんをもっとぼくにくれ!!!!


9.14 東京厚生年金会館

彼女は言った。
 「後藤真希って、何なんだろう?」

 それは、媚薬であり、麻薬であり、
 そして、ある意味催涙薬なのかもしれないな。

 それを確かめるために、
ぼくはライブ参戦予定数を増やした。
 後藤真希を探しにいく旅を決意した。

 ミイラ取りがミイラになるんだろうな、という
幸せな結末を頭の片隅に考えながら。

 ていうか。
 3日目にして、まるでツアー最終日のようなMCを、
 半ベソかきながら切々と、ゆったりと、ど真ん中に放り込んでくる彼女を、
 真正面から受け止められるほどの容量をぼくは持ち合わせていなかった。

 まだまだ青いな、自分も。
 たかが17歳の小娘に。
こんなに泣かされるなんてさ。

 ただ、それが「宇宙最強の小娘」だったとしたら、許されるのだろうか?


10.11 黒磯市文化会館

もう黒磯ごっちんコンの充実ぶりといったら!

 会場内は家族連れ、もしくは微動だにしない地元の方か
 どこかで見たことのある人たち
(とはいえ駐車場に函館とか筑豊ナンバーの車があるのには笑ったけど)という
なんとも偏った構成のなか、

 彼女は、後藤真希は、髪を切り、セミロングになって
身軽になったというわけでもないでしょうけど
ますます見惚れる部分が多くなったような気がします。

 そして毎回怒濤の名言が生まれるアンコール明けのMCですが、
 初めて彼女自身が語った言葉があります。

 「私は、後藤真希は、もっともっと上に行ける」。

 今までは「上に行きたい」という願望系でしかなかったはずです。
 それがこの公演を以て、「希望」から「確信」という
 一つ上の段階へ彼女自身があがったんです。
 この言葉を聞けただけで、ああ、来てよかったな、と思いました。

 忘れてた!
 さらに来てよかったと思った大切なことがあった!

 「デコ出し・チョンマゲごっちん」ですよ。

なんですかあれは?
 あのカッコで歌う「特等席」の
大量殺戮兵器的な萌えビームをどうにかして下さい。
どうせアレも夜公演開演前にスタッフの所へぱたぱたかけていって

 ( ´Д`)<「今度、これで出てみようと思うんですけどいいと思う人ー!」

  だなんて即席アンケートやったにちがいない。
 で、呆気にとられたスタッフが
「お、いいんじゃない?」
だなんてなんの気なしに出した返事で

 ( ´Д`)<それじゃ夜これで出まーす! よろしくお願いしま〜す!

 とか言ってまたぱたぱたと戻っていったに違いない。
 第一出てきたときの表情が、
「ニコーッ」じゃなくて「ニヤーッ」だったし。

 明らかにヲタを弄ぶ小娘の表情を
ありありと浮かべてらっしゃいましたよ。

 存分に踊らせてもらいましたけどね!

 連番してたヲタと曲中にも関わらず、
「チョンマゲチョンマゲ!」
 「可愛すぎる可愛すぎる!」
「デコがぁぁデコがぁぁ」と
叫びどうしだったしね(w  

 ぬあああああああああああああああああああ!!!!!

 つーかマジで可愛すぎなんだって!
 すっごいんだって!!
 やっばいんだって!!

ゴルァUFA!!
 なんでこの公演をDVD収録しねーんだYO!!
 オレ買うよ!
 間違いなく買うよ!! 
そして割れるほど見るね。
 萌え転がってタンスの角に小指ぶつけて
「ごっちんと同じー」といか言ってニヘラと笑うね。


10.13 市川市文化会館

「奇跡」は一度しか起こらないから「奇跡」と呼ぶべきモノだと思う。
 二度三度起こってしまったらそれは
「奇跡」と呼べるような価値を持たないのかもしれない。

 しかし、今日のバケツをひっくり返したような豪雨を
 開演直前時間にぴたりと止ませてしまうその事象を、
 「奇跡」という言葉以外のどんな表現をしたらいいというのだろう?

 第一、後藤真希が「100」しかないだなんて、
 一体誰が決めたんだ?

彼女は、
ヤツは、
ごっちんは、
そんなに底の浅いタマじゃねーよ。

 200かもしれないし、300かもしれない。
 いや、もっともっとあるに違いない。

 だから、今日、市川で
 ぼくが見てきた後藤真希は、
 その中の104つか105つ目の後藤真希に過ぎなかったんだよ。

 毎回毎回、「もうないだろう」「もう終わりだろう」という考えが
頭をかすめるけれど、
 そういう浅はかな見積もりに、
彼女は例のニヤッとした笑いを見せて
 想像もつかなかったところから大きな引き出しを開けてくる。

 もっともっと彼女は、
 色んな面を見せてくれる。
感じさせてくれる。
ほとばしらせてくれる。

 改めて、今日、それを確信することが出来た。

 ぼくだけじゃなくて、
そこにいた全員の愛すべきヲタも思ったに違いない。
 だから、ぼくはこれからも、
 「新しい後藤真希」に会いにコンサートに行く。

 ただそれだけをしたいし、
それをしに行くつもりだ。

 ごっちん。
 あなたがステージ上でもらってるパワーよりも
もっと大きなパワーを
 ぼくたちはあなたからもらってるんだから、
 それは絶対に自信を持ってイイよ。

 素敵なコンサートを今日もありがとう。


10.19 パルテノン多摩

ごっちんはよくMCで、
 「モーニング娘。を卒業してから、ホントみんなを近くで感じる機会が増えて」
 というようなことを言いますけど、

 物理的な距離は縮まっても、
実際に「距離をなくす」ってコトは
 自分から踏み込んでいかなきゃなし得ないことだからね。

 それが自然に、そして心底嬉しそうに出来てるってコトが
 ぼくたちは嬉しいし、「また行きたいな」って気持ちにさせてるんだよ。

 ていうかごっちんはMCで人を殺せます(w。
 あんなすんげーはにかんだ顔で
 「みんなのこと、、、もっと好きになっちゃった♪」
なんて言われてご覧なさいよ。
 悶える以外になにをしろというの。

 というか今日の多摩コン、
特に夜公演のMCはふつうに面白すぎました。

なんで当たり前のように
ヲタとかけあいしてるんですかっていう話ですよ(w。
ありえないし。

 「みんな知らないだけでしょ! ねぇ、知らないだけでしょ!」と
必死になって手をピコピコおばちゃんみたいに動かして
ヲタに訴えかけるのは反則ですよね。

 で、今日(結局夜公演のみの参加となったんですが)の席が
32列という、まぁつまりは後ろから2列目という
かなーり後方の席にいて暴れまくってたんですが、
 (おかげで「そんなに動いて大変でしょう」と
隣の見知らぬ親子連れからうちわで扇いでもらいますた)

 今までどっちかというと前よりの席が多かったもんで、
 自分が盛り上げる、もしくは盛り上がることを第一として参加していたんですが
 会場全体を見渡せる位置にいると、
コンサートの印象はだいぶ変わりますね、やっぱり。

 今更か、という感じもするんだけど、
 今まで自分もその中にいたはずの、会場の一体感というモノを
 半客観的に捉えることが出来て、
そのパワーを改めて目で見、耳で聴き、肌で感じることが出来るんですよ。

それらが一極集中して行き着く先が
ごっちんなりメロンのいるステージになるわけで、
 ごっちんも思わず

「・・・そりゃ伝わるよ」

と漏らしたそのパワーを
 ステージと対称的な位置として、
擬似的に味わうことが出来たのが今日の収穫かな。


10.25 足利市民会館

「ホントに、最高だねっ、『ウチら』って!」

 「私のみんなへの思いと、みんなの後藤への思いがぶつかって、
 こん中ってこんなに熱くなってるのかなぁ」

 「今日は、一番幸せな日だったよ!」

 この3つの言葉を聴けた。
 それだけで良かった。

 そしてその言葉が嘘でないことを裏付けるかのように、
 会場を見渡す彼女のその至福とも思える
笑みと優しい眼差し。

 「ウチら」って言ってくれたんだよ。

 そこにぼくたちは含まれているんだ。

 これ以上嬉しいことがあるかい?


11.24 東京厚生年金会館

 その瞬間、東京厚生年金会館が歓喜に弾んだ。

 もはや「スーパーサブ」の名を欲しいままにするメロン記念日。
 常に彼女の魅力をどうやったら最大限に引き出せるかを
追求し続ける優秀なスタッフ。
 そして、後藤真希をこよなく愛する、心強い者達。
 
脇をかためるべき存在がしっかり脇をかため、
 一人の年端も行かない女性のパフォーマンスを、
 「頂」の域に押し上げた。

 モーニング娘。は後藤真希を差し出した。
 そして世界は後藤真希のファンを生み出した。
 
この「幸運」がその空間を、至高行きのレールに乗せる。

 「境界」を突き抜けた2方向の「オーラ」。
 結果起こった2時間の奇跡は、
その場にいた全ての者を多幸感で包み込んだ。

 チケットをいくらで買ったというのだ。

 どこの席で見たというのだ。

 涙のためではなかった。
笑顔のためでもなかった。
 あのMCの時の静寂と、その後に起こった歓声は、
そういった何かを超えていた。

 コンサートがコンサートとして完了した。

 その瞬間のことである。

 地が揺れたのは。


12.7 長野松本文化会館

糸。

 その日、その場所には、
 それぞれの色をした、それぞれの思いを込めた、
それぞれの長さの糸が集まった。

 中には、30公演以上を参加して、
ひたすら長く紡いだ糸もあったろう。
 
中には、自分の中で行けるだけの努力をして、
 数こそ多くないけれども、一生懸命自分色に染め上げた糸もあったろう。
 
あるいは、そこが初めてでも、
2時間という長すぎる短時間の間で
 縒ることの出来た糸もあっただろう。
 
そして、やむを得ない理由により
そこに居合わせることが出来なかった人たちの、
 彼女にかける思いを秘めた糸も、絶対届いていたはずだ。

 糸は、それだけでなく、

 全公演に渡り、
その圧倒的なパワーでもって引っぱり続けた
後藤真希という糸と、

 同じく全公演に渡り、ゲストという立場にありながらも
 存在感を充分すぎるほど輝かせてきた
メロン記念日という4本の糸もあった。
 
さらに、公演期間中だけでなく、
それよりもずっと前から、 彼女たちを支え続けた
スタッフという名の無数の糸も存在していた。

 それらが、ついに、縦横無尽に結ばれて、
 一つの形の完成を見たのが、この日の松本だった。

 その紡がれた布は、
 精一杯の声を出し、応援を続けた者の
汗を拭くタオルになったであろう。
 
あまりの感動に眼を濡らした者の
涙を拭くハンカチになったであろう。
 
幾多の公演に参加し続け、完走して倒れ込んだ者に
そっとかける毛布にもなったであろう。

 全ての糸に、終着点はあった。
 全ての者がその布によって、なんらかの恩恵を受けたのである。

 糸。

 ぼくたちの彼女への想いと、
 彼女のぼくたちへの想い。
そして、ぼくたち同士の連帯感。

 その3本の糸を結ぶ「旅」が、
彼女の「ツアー」の存在価値なんだと思う。

 そして、旅は、終わったのでなく。
 また、始まっただけなのである。

 彼女が、最後の最後に、
ステージ上から、マイクを通さず伝えた「想い」。
 2階の最後列にいても、
耳に入ってきた彼女の「想い」。

 「見ててね!」という言葉。

 それは、これから新しく紡がれるための、
 また一本の「糸」であった。

 決して切らせてはいけない糸であった。

 縦の糸はあなた
 横の糸はわたし
 逢うべき糸に 出逢えることを
  人は「仕合せ」と呼びます   

〜「糸」Lyrics by 中島みゆき〜

 出逢ったみんな、
 ありがとう。



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